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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4758号 判決 1992年1月30日

原告 折居辰治郎

<他一一〇名>

右原告ら(自らを除く)訴訟代理人弁護士 岡嵜格

同 蒲原大輔

同 秋山昭八

同 麻生利勝

同 高池勝彦

同 田中平八

同 平井二郎

同 星運吉

右原告武田ヒロ以下に記載する原告ら訴訟代理人弁護士 渡邊一雄

被告 日本弁護士連合会

右代表者会長 中坊公平

右訴訟代理人弁護士 藤井光春

同 日下部長作

同 仁藤一

同 喜田村洋一

同 渡辺脩

同 葭葉昌司

同 川口巌

同 新井嘉昭

主文

一  本件訴えのうち、決議の無効確認を求める訴えを却下する。

二  原告らの本件差止請求及び損害賠償請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年五月三〇日開催の定期総会でした別紙一記載の決議は無効であることを確認する。

2  被告は、被告の会財政から費用を支出して、別紙二記載の「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」に関し、次の行為をしてはならない。

(一) 政党、国会議員、新聞社、テレビ局等の言論報道機関その他の団体又は一般市民に対して、被告が同法案に反対している趣意を告知、発表、広告又は宣伝する行為

(二) 被告所属の会員弁護士及び弁護士会に対し、機関誌・紙を配付して同法案に反対するよう指導する行為

3  被告は、原告武田ヒロに対し金五〇〇〇円を、原告武田憲夫及び同武田英彦に対し各金二五〇〇円を、その余の原告らに対し各金一万円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えのうち、決議無効確認請求及び差止請求にかかる訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求いずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 訴訟承継前原告亡武田庄吉は、平成三年三月三〇日死亡し、その妻である原告武田ヒロが二分の一、子である原告武田憲夫、同武田英彦が各四分の一の割合で、相続によりその権利義務を承継した(以下、右訴訟承継人三名を除く原告ら及び亡武田庄吉を「原告ら」という。)。

(二) 原告らは、いずれも被告の会員たる弁護士であり、被告は、弁護士法により、我が国におけるすべての弁護士並びに弁護士会の強制加入団体として昭和二四年九月一日に設立された公法人である。

2  本件総会決議

被告は、昭和六二年五月三〇日に開催された第三八回定期総会において、当時、自由民主党が国会に提出すべく準備中であった別紙二記載の「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」(以下「本件法律案」という。)に関し、同法律案を国会に提出することに反対することを内容とする別紙一記載の決議(以下「本件総会決議」という。)を行った。

3  本件総会決議の無効

(一) 目的の範囲の逸脱

被告の目的は、「弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うこと」(弁護士法四五条二項)であり、被告のなし得る行為は、右目的を遂行するに必要な範囲内の行為に限定されているところ、本件法律案のように個人の思想、信条及び政治的立場の相違により大きく意見の分かれる政治上の問題について、総会における多数決で賛成、反対の意思を決定し表明することは、被告の目的の範囲を甚だしく逸脱するものであるから、本件総会決議は無効である。

(二) 憲法一九条等違反

被告と原告らとの関係は、国家と国民との関係と同様、支配と被支配の関係にあるところ、本件総会決議は、本件法律案に反対することを被告の確立した最高の運動方針として採択したもので、これによって会員に対し一定の解釈、立場を強制し、本件法律案に反対すること及び反対する政治的立場に対する支持表明を強制するものであって、同決議と見解を異にする原告らの思想、信条、言論の自由を著しく侵害し、ひいては結社の自由、職業遂行の自由をも侵害するものであるから、その内容において憲法一九条、二一条、二二条に違反し無効である。

4  差止請求

(一) 被告は、いわゆるスパイ防止法案(本件法律案及びその原案である「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」、以下同じ。)が国民の言論・表現の自由を侵害する危険が極めて強く、民主主義に反するとの見解に基づき、昭和六〇年一〇月七日、被告の理事会で右原案に反対する旨の意見を承認した上、同月一六日、同意見書を法曹記者クラブで発表したのをはじめ、その後も多数回にわたり同様の意見書を発表し、政党、国会議員、日本経済新聞社・日本放送協会等の言論報道機関に対し同法案に反対するように要請する行動を行い、市民団体に対し被告の機関誌「自由と正義」(国家秘密法問題特集号)を送付するほか、各弁護士会に対してもスパイ防止法案の危険性を国民に訴え、地元選出の国会議員に同法案に反対するよう要請する行動を行うことなどを依頼したり、「国家秘密法ニュース」第一号から第一五号を送付したりするとともに、各会員弁護士らに対し同法案に批判的な記事を掲載した前記「自由と正義」(国家秘密法問題特集号)や機関紙「日弁連新聞」を配布するなどの行為をし、これらによって、被告がスパイ防止法案に反対している趣意の告知、発表、広告又は宣伝を行い、また、被告の会員弁護士会ないし会員弁護士に対してスパイ防止法案に反対する運動に協力するよう指導、連絡をし(以下、被告のこれらの行動を「本件反対運動」という。)、今後も右行動を継続することが予想される。

(二) ところで、原告らは、日本弁護士連合会規則九五条により、被告に対する一般会費を納入する義務を負担しているところ、被告は、右一般会費によって賄われている被告の会財政から本件反対運動のための費用を支出している。

(三) このように、被告が、原告らに強制的に納入させている会費から資金を支出して前記のような本件反対運動を行っていることは、これと見解を異にする原告らの思想、信条を冒用、僭称するに等しく、原告らに対し、その意に反してスパイ防止法案に反対することを強制するものであるし、また、原告らがその費用を負担させられているという点で、スパイ防止法案反対という政治的立場に対する支持、協力を原告らに強制していることに等しいものであって、憲法一九条によって保障され人格権の中核をなしている原告らの思想、良心の自由を侵害しているものである。

5  損害賠償責任

被告の右原告らの人格権に対する侵害行為により、原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料はそれぞれ五〇万円を下らない。

6  結論

よって、原告らは被告に対し、本件総会決議の無効確認を求めるとともに、人格権に基づき請求の趣旨2記載の被告の本件反対運動の差止めを、また不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の内金各一万円(ただし、原告武田ヒロに対しては五〇〇〇円、原告武田憲夫及び同武田英彦に対しては各二五〇〇円)の支払を、それぞれ求める。

二  本案前の抗弁

1  決議無効確認の訴えについて

(一) 確認の利益の不存在

本件総会決議は、被告の機関決定に基づく団体としての意見表明であり、いかなる法律的効果も伴わない事実行為である。本件決議の内容が原告らの思想、信条に反していても、そこからは、多数意見と少数意見との間の意見の対立という事実上の紛争が生ずるに過ぎず、法律上の紛争が発生しているものではない。したがって、原告らと被告との間には、具体的な権利又は法律関係についての法律上の紛争は存在しておらず、本件総会決議の無効確認を求める訴えは、確認の利益を欠き不適法である。

(二) 弁護士自治

被告は、弁護士法によって高度の内部的自治権ないし自律権を認められているところ、本件総会決議は、この自律権に基づき被告の定める手続に従い採択されたものであって、その判断、手続において不公正な点はない。したがって、このような場合には、被告の判断、解決を尊重し、司法審査は控えるべきであって、本件総会決議の無効確認を求める訴えは、不適法である。

2  差止めの訴えについて

(一) 差止めの対象の不特定

差止請求の対象となる行為は、判決主文による強制執行が可能となる程度に具体性、特定性を有していなければならないが、原告らの請求する内容では、どの行為が差止めの対象に当たるのか、その判定が不可能であるから、原告らの訴えは不適法である。

(二) 弁護士自治

被告には広範な自治権が認められており、弁護士法所定の目的をどう解釈し、その実現のためにどのような活動を行うことが最も適切であるかということは、被告の意思決定機関が、自主的に決定し得るものである。この被告の意思決定の当否は、自治権の範囲内に属する事項であり、司法審査の対象となるものではないから、被告の活動の差止めを求める原告らの訴えは不適法である。

三  本案前の抗弁に対する原告らの主張

1  決議無効確認の訴えについて

(一) 確認の利益について

団体の定める運動方針は、団体のみならずその構成員をも法的に拘束するものであり、本件総会決議は、本件法律案に反対することを被告の確立した最高の運動方針として定めたものであるから、被告のみならず原告らを含む被告の会員に対して法的拘束力を有するものである。すなわち、原告ら会員は、本件総会決議により、右運動方針を遵守すべき法律上の義務、具体的には、被告が本件反対運動を行うこと及び同運動に対し会財政から資金を支出することに賛成するとともに原告らが国家秘密法制定促進運動を行わないという義務を負担させられているのであって、原告らが右決議を遵守しなかった場合には懲戒を受けるおそれがある。

また、本件総会決議がある限り、被告は、本件反対運動を推進し、そのための費用を会財政から支出し続けることになり、その結果、原告らの思想、良心の自由を侵害する行為が継続され、不法行為に基づく損害賠償請求を連鎖的になし得ることになるし、被告の予算の成立及び執行手続の効力をめぐる紛争、ひいては関係執行部の責任問題も連鎖的に発生することになる。そして、仮に原告らが右違法な支出に相当する会費の納入を拒むとすれば、弁護士法六〇条により懲戒を受けるおそれがあるのである。

このように、本件総会決議に起因して、様々な法律上の紛争が派生的に発生しているのであって、これらの紛争を直接的かつ抜本的に解決するために本件総会決議の無効を確認する必要ないし利益がある。

(二) 弁護士自治について

弁護士自治は治外法権を意味するものではなく、被告の行為が目的の範囲を逸脱しているか否か、会員の思想、良心の自由を侵害しているか否かという判断は裁判所がなすべき事項である。

2  差止めの訴えについて

差止めを求める行為としては請求の趣旨記載の程度で十分特定されている。また、本件反対運動は、被告の目的の範囲を逸脱し、原告ら会員の基本的人権を侵害しており違法であるから、このような行為を差し止めても被告の自治が侵害されることはない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)、(二)及び2の各事実は認める。

2  同3の(一)及び(二)は争う。

3  同4の(一)及び(二)の事実は認めるが、(三)は争う。

4  同5は争う。

第三《証拠関係省略》

理由

一  本件総会決議の無効確認請求について

1  確認の訴えにおける確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確定することがその法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められるものである。そして、法人の総会決議のような過去のものであっても、その効力に関する疑義が前提となって、右決議から派生した各種の法律関係につき現在法律上の紛争が存在し、決議自体の効力を確定することが右法律上の紛争の直接的かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるときは、右確定を求める確認の利益があり、かかる訴えも許容されるものと解される。しかし、法人の総会決議であっても、それが何らの法律効果を伴うものでない単なる事実行為であるに過ぎない場合には、たとえ事実上その決議を前提として何らかの紛争が派生する余地があるとしても、その決議の法的効力をうんぬんする実益はなく、その無効確認を求める法律上の利益を肯認することはできないというべきである。

これを本件についてみるに、本件総会決議は、その内容からみるに、本件法律案の国会提出に反対する旨の団体としての意見を表明しているに過ぎないものであって、単なる事実行為に過ぎず、このような法律案に対する一定の意見ないし意思を宣明すること自体によっては、対内的にも対外的にも何らの法律上の効果を形成するものでないことはその性質上明らかであり、したがって、本件総会決議の無効の確認を求める法律上の利益を認めることはできない。

2  原告らは、本件総会決議によって、原告ら会員はこれを遵守すべき義務を負うことになり、遵守しないときは懲戒処分を受けるおそれがある旨主張する。

このような将来の懲戒のおそれを理由に確認の利益を基礎づけることが許されるかどうかも問題であるが、その点はさておき、被告において、本件法律案の国会提出に反対するという団体としての一定の意見を表明する決議がされたからといって、当然に会員個々人がすべて右意見を遵守し、これと異なる意見を表明し活動することができなくなるという趣旨ないし効力までを有すると解することはできないというべきであるし、《証拠省略》によれば、これまで本件総会決議を遵守しないことを理由として会員に対し懲戒が問礙されたこともなかったこと、被告は、本件訴訟において、本件総会決議は会員個人の活動や意見を拘束するものではない旨を述べていること、また、平成二年三月二日改正された弁護士倫理の規定には、会員の遵守すべき対象として「決議」が掲げられていないことが認められるのであって、懲戒のおそれをいう原告らの右主張は失当である。

また、原告らは、本件総会決議に派生して原告らの思想、良心の自由に対する侵害行為の継続、予算の成立及び執行手続、執行部の責任問題など様々な紛争が発生しており、本件総会決議の効力を確定することによりこれらの紛争が直接かつ抜本的に解決されるので確認の利益がある旨主張する。

しかし、原告らの主張する右侵害行為の継続なるものは、本件総会決議の法的な効果といえないことはいうまでもないし、また、《証拠省略》によれば、被告の本件反対運動に関する費用支出は、一般会計予算案に特別委員会費として計上され、定期総会において承認された予算に基づきなされているものであり、本件総会決議の効力と直接の法的関係が存在しないというべきであるから、本件総会決議の効力を確定することが、原告らの主張する紛争なるものを解決するのに適切かつ必要であることになるものではない。

3  よって、原告の本件総会決議が無効であることの確認を求める原告らの訴えは、確認の利益が存在しないことに帰するから、不適法な訴えとして却下を免れない。

二  差止請求について

1  まず、本案前の抗弁について判断する。

(一)  被告は、本件差止請求は差止めの対象となる行為が特定されていない旨主張するが、原告らが求める被告の不作為の内容は、請求の趣旨に記載されたところで一応明らかになっており、差止めの対象となる行為としてその特定性に欠けるところはないと認められるので、被告の主張は採用できない。

(二)  次に、被告は、本件が司法審査の対象とならない旨主張するが、本件差止め請求は、被告の本件反対運動が原告らの思想、良心の自由を侵害しているとしてその差止めを求めるものであるところ、思想、良心の自由が侵害されているか否かの問題は原告らの基本的人権に関する重大な事柄であり、単なる団体内部の自治、自律の範囲内にとどまる問題ではなく、司法審査の対象となる事項というべきである。したがって、被告の主張は採用できない。

2  そこで、本件差止請求権の成否について判断する。

請求原因1(当事者)の(一)、(二)、2(本件総会決議)、4(差止請求)の(一)、(二)の各事実については当事者間に争いがない。

そこで、原告らが差止めを求める被告の本件反対運動が、原告らの思想、良心の自由を侵害するものであるかどうかについて検討する。

(一)  まず、原告らは、被告が本件反対運動を行うことは、原告らの思想、信条を冒用、僭称するに等しく、原告らに対しその意に反してスパイ防止法案に反対することを強制するものである旨主張する。その趣旨は必ずしも定かではないが、要するに、被告が団体として本件法律案に反対する意見を表明し活動することは、取りも直さずその構成員である原告らも同法律案に反対していることを意味するものであり、その意に反する意見の表明を強制されているという趣旨と解される。

ところで、社団たる法人は、単なる個人個人の集合体とは異なり、構成員個々人を離れた別個独立の法的存在であり、団体としての独自の活動を認められているのであって、団体として行う行為とその構成員個々人の行為とは自ずから別個のものであることはいうまでもない。したがって、団体が団体の名において一定の意見を述べ活動することが、当然に、その構成員各個人の意見ないしは活動と同視されることになるわけではなく、そのことが、構成員個々人についてその思想なり信条なりを強制的に外部に開示させることになるわけではない。

これを本件についてみるに、被告は、国内の弁護士全員を強制加入させている団体(法人)であって、このような多数の構成員から成る団体においては、団体内部の意思決定機関において、多数決により団体の運営ないし活動方針が決定されているのであって、団体の行っている運動に顕現されている意見が会員個人の意見と必ずしも一致していないことは周知のことである。したがって、被告が被告の名において本件法律案に反対の意見を表明し対外的・対内的に活動を行うことが、取りも直さず会員である原告ら個人個人も同法律案に反対していることを意味するとは、必ずしも一般に考えられてはおらず、原告らがその意に反する思想、信条を開示させれられていることにはならないというべきである。

なお、被告が会員弁護士に対し機関誌・紙を配付してスパイ防止法案に反対する運動に協力するよう指導等すること自体は、そこに何らかの強制の契機が伴われていない限り(本件においては、かかる強制の契機が存在することは認められない。)、それらの機関誌・紙を配布された者の思想、良心の自由を侵害するものでないことはいうまでもない。

(二)  次に、原告らは、原告らに強制的に納入させている会費から資金を支出して本件反対運動を行うことは、原告らに対し、スパイ防止法案反対という政治的立場に対する支持、協力を強制するに等しいから、原告らの思想、良心の自由を侵害する旨主張する。

確かに、例えば、特定の具体的な活動の資金として費用を拠出することが、拠出者において当該活動ないしそのよって立つ意見、立場等に対する支持を表明したものとみられる場合がある。その場合には、その拠出と支出目的との間に個別的、具体的な関連性が特定されていることによって、拠出行為とその目的との間に一体性を認めることができるからである。したがって、そのような資金についてその拠出を強制することは、当該活動にあらわされる一定の意見、立場等に対する支持の表明を強制するに等しいものとして許されない場合もあるといえよう(最高裁第三小法廷昭和五〇年一一月二八日判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)。

しかしながら、原告らが納入している会費は、日本弁護士連合会規則によって毎月一定額の金員を納入することとされている一般会費であり、被告の運営経費一般に充てるために特に具体的な支出目的を定めることなく徴収され、納入することが義務づけられているものであって、その点で、前記のような特定の個別的、具体的な目的ないし活動の費用に充てるための拠出金とは基本的にその性質を異にするものである。また、前記認定のとおり、本件反対運動の資金は被告の定期総会において承認された予算に基づいて支出されているものであり、原告らの納入した一般会費のどの部分か右運動の費用に充てられているかを特定することは不可能であって、原告らの拠出と本件反対運動との間に直接的な結び付きは全く認められない。

結局、本件においては、被告が本件反対運動のために原告らに対して特別の費用負担を命じているわけではなく、一般会費による被告の運営費の中から予算に基づいて右運動のための費用を賄っているとしても(自分たちが拠出した会費が、このような費用として使用されることに対する不満ないし不快の気持は別として)、このことから原告らの拠出と右運動との間に具体的、個別的な関連性が存在しているということはできず、原告らが当然に右運動ないしそのよって立つ意見、立場等を支持し、これに協力していると評価される余地はないのである。したがって、被告が、一方で一般会費として原告らに資金拠出を強制し、他方で会財政から費用を支出して本件反対運動を行っているからといって、原告らに対し、その意に反して右運動のよって立つ意見、立場等についての支持の表明を強制しているに等しいということはできず、原告らの思想、良心の自由を侵害することになるものではないと解するのが相当である。

(三)  なお、原告ら弁護士はすべて被告の会員として入会しなければならず、弁護士としての業務を行うためには被告から脱退する自由を有していないのであって、もとより、被告が団体の名において意見を表明し活動するについては、右のような強制加入団体であるという特殊性に対して十分な配慮がされなければならないことはいうまでもないが、そのような点を考慮しても、被告が本件反対運動を行うことが、原告らの思想、良心の自由を侵害することになるということはできない。

(四)  以上のとおりであり、原告らの本件差止請求は、その前提を欠き、理由がない。

三  損害賠償請求について

既に検討したとおり、被告の行為により原告らの思想、良心の自由が侵害されたと認めることはできないから、原告ら(原告武田ヒロ、同武田憲夫、同武田英彦を含む)の本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上のとおりであって、本件総会決議の無効確認を求める訴えは不適法であるから却下し、また、本件差止請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 植垣勝裕 川畑正文)

<以下省略>

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